土屋 清三郎(つちや せいさぶろう、1882年(明治15年)4月20日 – 1946年(昭和21年)3月3日)は、衆議院議員(立憲政友会→立憲民政党)、医師。旧名・清。 千葉県武射郡山室村(豊岡村、松尾町を経て現山武市)で、土屋清左衛門、たけ の長男として生まれる。1887年(明治20年)清三郎に改名。済生学舎・東京慈恵医院医学専門学校(現在の東京慈恵会医科大学)を卒業。内務省伝染病研究所嘱託、警視庁検疫官、岐阜県衛生技師を歴任し、退官後は開業医となった。そのかたわら日本語雑誌「日本之医界」、英文雑誌「Japan Medical World」、中国語雑誌「東亜医学」の発刊・経営にあたった。 1916年(大正5年)、牛込区会議員に当選。
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