蓮池 公咲(はすいけ こうさく、1902年8月24日 - 1968年1月14日)は日本の政治家。秋田県知事を務めた。 新潟県中蒲原郡村松町にて蓮池幸太郎と母しん(川東村小山田出身の医師高橋良折長女)の長男として生まれる。旧制新潟高校(現・新潟大学)では陸上部主将を務めた。1928年に東北帝國大学(現・東北大学)法学部を卒業して農林省に入省、1946年に官選の秋田県知事に就任。引き続き、翌1947年の公選の県知事選挙に出馬して当選。同年に行われた昭和天皇の戦後巡幸では、天皇に拝謁して県政の奏上を行ったほか、県内を随行して回った。その後、知事を1期4年を務め、後継に池田徳治を指名して引退した。1950年から2年半にわたり東北興業(現・三菱マテリアル)の総裁を務め、いち早くセメント製造用のシャフトキルンを導入した。
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