大山 斐瑳麿(おおやま ひさまろ、1878年(明治11年)9月1日 - 1950年(昭和25年)2月8日)は、明治後期から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。平沼騏一郎、黒田英雄とともに津山出身の「出世三羽ガラス」と称された。 岡山県東南条郡上之町(津山東町、苫田郡津山町を経て現津山市上之町)で、浄土真宗本願寺派浄圓寺・大山達聞、竹の二男として生まれる。兄が夭死したため寺の跡取りとなるが、それを嫌って上京し、苦学して日本法律学校(現日本大学)で学んだ。1903年(明治36年)11月、文官高等試験行政科試験に合格。 1904年(明治37年)日本法律学校を卒業し、大蔵省に入省し専売局に配属され、大蔵書記兼専売局属、煙草専売局事務官、函館煙草販売所長を歴任し、在省2年で退官した。
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