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神崎忠男

かんざき ただお
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神崎 忠男(かんざき ただお、1940年〈昭和15年〉5月1日 - )は、日本の登山家、冒険家。登山界のリーダー、山岳団体の要職を務めた人物である。 東京都出身。日本大学山岳部出身。 神崎は、エベレストに4回挑戦したが頂上には到達できず、自身を「悲劇の登山家」と呼んでいた。1970年のエベレスト登山では滑落事故を経験し、1980年のチョモランマ登山では急性心筋梗塞を発症した。 NHK文化センター、読売日本テレビ文化センター、昭和女子大オープンカレッジ各登山教室講師 太郎と花子山の会会長 ジャックアンドベティ山の会会長 数多くの世界の登山、トラッキングを会員を連れて挑戦 韓国(北漢山、智異山、月出山、道峰山、漢拏山、雪岳山)、中国(雪宝頂)、台湾(玉山、雪山、南湖大山、中央尖山)、香港(海の見える山)、ロシア(アパチャ山)、トルコ(カッパドキア)、カンボジア、イタリア(ドロミテ)、グルジア(コーカサス)、スペイン(ピレネー山脈)、カザフスタン(天山)、アメリカ(グランドキャニオン、ヨセミテ国立公園)、イギリス(ウェールズ)、南極など 2019年時点で79歳であったが、月に10〜15日は古い友人たちと山歩きを楽しんでいた。

出典:ウィキペディア「神崎忠男」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋