木尾 虎之助(このお とらのすけ、1879年(明治12年)11月18日 – 1956年(昭和31年)12月23日)は、明治から昭和期の弁護士、政治家。衆議院議員(憲政会)。 鹿児島県薩摩郡入来村(入来町を経て現薩摩川内市)で、木尾善十郎の息子として生まれた。三州義塾、鹿児島県第一中学校(現鹿児島県立鶴丸高等学校)を経て、1902年(明治35年)日本法律学校(現在の日本大学)を卒業し、弁護士試験に合格した。東洋大学講師、警視庁警察官消防官練習所講師を経て、1907年(明治40年)に東京市に弁護士事務所を開いた。翌年、朝鮮半島に渡り、漢城府(のち京城府)に弁護士事務所を開き、朝鮮鉱業新報社社長などを務めた。
出典:ウィキペディア「木尾虎之助」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
