逗子 とんぼ(ずし とんぼ、1929年11月5日 - )は、日本の俳優、コメディアン。 日本大学芸術学部卒業。大学卒業後、新派の地方巡業一座、清水金一一座などで下積み生活を送る。1955年、これで芽が出なかったら廃業することを考えながら、三木鶏郎主宰のトリローグループに参加し、三木門下に入る。芸名も三木が名付けた。芸名はみんなで海水浴に行った時に生まれたという。昭和30年代初め頃(1955年頃)から歌と洋舞とコントの得意な“二枚目半”として活躍。色川武大は彼の風貌をして「万年青年のよう」と評し、その風貌は「どの番組に出ても邪魔にならない」として「各テレビ局がまだ整備されていなかった時代、重量感のある番組が制作出来なかった当時は打って付けのタレントだった」としている。
出典:ウィキペディア「逗子とんぼ」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
