高橋 義次(たかはし よしつぐ、1882年(明治15年)8月23日 - 1969年(昭和44年)2月2日)は、日本の衆議院議員(立憲民政党)。弁護士。 宮城県栗原郡畑岡村(現在の栗原市)出身。1904年(明治37年)に宮城県師範学校を卒業した後、5年間小学校訓導を務めていたが、日本大学英法科に入学し、1915年(大正4年)に卒業した。1917年(大正6年)に弁護士試験に合格して事務所を開き、東京弁護士会常議員、日本弁護士協会理事を務めた。また芝区会議員、同議長、東京市会議員、同参事会員に選出された。 1932年(昭和7年)、第18回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。1934年(昭和9年)、第2次東京市会疑獄(瓦斯疑獄)により東京地方裁判所で懲役4ヵ月・追徴金1500円の判決を受けたが、翌年の控訴審で無罪判決を受けた。
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