靑葉 昌幸(あおば よしゆき、1942年6月16日 - )は、現在の埼玉県秩父市(旧大田村)出身の陸上競技の元選手でマラソン・中長距離選手の指導者。埼玉県立秩父農工卒業。日本大学卒業。埼玉県庁を経て、大東文化大学陸上競技部監督、スポーツ・健康科学部教授を歴任。関東学生陸上競技連盟名誉会長。青の字体は、「靑」が正しい。 日本大学在籍時は、1964年日本選手権3000mSCで優勝、翌1965年の同大会では1500mで優勝するなど活躍。 また、箱根駅伝にも出場し、第42回大会では1区を区間3位で走っている。 その後埼玉県庁を経て、1968年(昭和43年)4月から大東文化大学陸上競技部監督に就任。就任1年目で迎えた第45回箱根駅伝では2度目の出場ながら初めてシード権を獲得。
出典:ウィキペディア「青葉昌幸」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
