宮腰 喜助(みやこし きすけ、1905年(明治38年)12月20日 - 1966年(昭和41年)11月30日)は、昭和期の計理士、税務代理士(税理士)、政治家。衆議院議員。 秋田県山本郡能代港町下川反町(現能代市下川反町)で生まれる。1932年(昭和7年)日本大学経済学部を卒業。計理士、税務代理士の業務に従事した。 東京産業社長、協商社社長、中央観光開発社長などを務めた。 1945年(昭和20年)日本協同党・山本実彦創立委員長秘書、同党中央常任委員に就任。1949年(昭和24年)1月の第24回衆議院議員総選挙で秋田県第1区から民主党公認で出馬して当選し、その後改進党に所属して衆議院議員に1期在任した。
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