山村 豊次郎(やまむら とよじろう、明治2年3月16日(1869年4月27日) - 昭和13年(1938年)9月13日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、宇和島市長。 宇和島藩士村松喜久造の二男として生まれ、翌年に同藩士山村正の養子となった。1895年(明治28年)、日本法律学校(現在の日本大学)を卒業し、弁護士試験に合格。翌年に宇和島市で弁護士事務所を開業した。 1906年(明治39年)、衆議院補欠選挙に当選。1920年(大正9年)から翌年まで宇和島町長を務めた。宇和島に市制が施行されると市会議員となり、議長に選出された。1922年(大正11年)から宇和島市長を務めた。その間、宇和島運輸株式会社取締役・宇和島鉄道株式会社取締役・南予時事新報社長などを兼ねた。
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