塩谷 忠男(しおたに ただお、1917年 <大正6年> 9月17日 - 2017年 <平成29年> 9月23日)は、日本の経営者。太陽神戸銀行頭取を務めた。位階は従四位。 石川県松任市出身。1939年に高文行政科に合格し、1941年に東京商科大学を卒業し、同年に大蔵省に入省。東海財務局長、大臣官房財務調査官、日本銀行政策委員会代表委員などを歴任。1966年11月に日本相互銀行常務に就任し、1968年12月に普通銀行に転換した太陽銀行(のちの太陽神戸銀行)常務に就任し、1972年11月に取締役に就任し、常務、専務、副頭取を経て、1978年12月に頭取に就任。1983年6月に会長に就任し、1987年6月に取締役相談役を経て、1991年6月にさくら銀行相談役に就任し、1997年10月には名誉顧問に就任。
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