武山 泰雄(たけやま やすお、1923年2月1日 - 2005年4月20日)は、日本のジャーナリスト。 東京都生まれ。短期現役海軍主計科士官(11期)を志願し、1944年(昭和19年)2月に海軍主計見習尉官となり海軍経理学校に入校。同年9月に経理学校を卒業し、光海軍工廠に配属され、会計部材料課員として製鋼原料入手を担当。同年12月、海軍主計少尉に任官。1945年(昭和20年)4月、海軍航空本部出仕・海軍艦政本部出仕・広島監督官兼呉運輸部員に転じた。同年8月6日、広島駅で被爆し負傷したが命を取り留め、同年9月に主計中尉に進み、同年11月予備役に編入され解員(復員)した。 1946年(昭和21年)東京商科大学卒。
出典:ウィキペディア「武山泰雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
