沼野 安太郎(ぬまの やすたろう、1878年2月1日 - 1919年4月26日)は、日本の外交官。初代在ポートランド領事、在天津総領事などを務めた。 東京府平民・沼野安五郎の長男として生まれる。東京府立第一中学校を経て、1903年(明治36年)に東京高等商業学校(現一橋大学)卒業後、1904年(明治37年)に第13回外交官及び領事官試験に合格。同年外交官補に任官し、叙高等官七等、韓国在勤となった。 1905年(明治38年)ダーハム・W・スティーブンス韓国外交顧問補佐官。1906年(明治39年)在ロンドン領事官補、在ロンドン総領事事務代理。1908年(明治41年)初代在ポートランド領事。1910年(明治43年)在ハンブルク総領事代理。
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