菅 浦一(すが うらいち、1919年1月4日 - 2003年11月23日)は、日本の実業家、馬主。 平和農産工業株式会社社長、日本馬主協会連合会第10代会長を務めた。 1919年、愛媛県出身。明治大学卒業後、三菱鉱業を経て1948年12月に製鉄原料の販売を手掛ける不二興産株式会社を設立した。ほかフェロアロイを取り扱う極東工業株式会社社長、ゴルフ場運営などを行う平和農産工業株式会社・西南観光開発株式会社各代表を歴任。2003年11月23日、肺気腫のため死去。83歳没。 趣味はゴルフ、読書。 日本中央競馬会に登録していた馬主としても知られた。勝負服の柄は黄、赤鋸歯形、冠名には「アモン」を用いた。「株式会社アモン」の法人名義も存在し、そちらの勝負服の柄は黄、袖青一本輪、赤鋸歯形となっている。
出典:ウィキペディア「菅浦一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
