倉林 俊彰(くらばやし としあき、1966年4月29日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。埼玉県鳩ヶ谷市出身。順天堂大学体育学部卒業。 浦和実業学園高等学校、順天堂大学出身。 箱根駅伝には4年連続で出場。4回の出場全てで総合優勝を果たした。また、4年時の第65回大会では4区を走り、区間賞を獲得している。 大学卒業後はNECに就職したが、自己流の練習がしたいと思うようになり、1992年にYKKに移籍した。 1994年の第48回福岡国際マラソンで日本選手トップの5位に入り、世界陸上イエテボリのマラソン日本代表に選ばれたが、本戦では41位だった。 2001年に現役を引退した。 2001年に松下通信女子陸上競技部(現:パナソニック)のコーチに就任すると、2007年には監督に昇格した。
出典:ウィキペディア「倉林俊彰」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
