岡見 彦蔵(おかみ ひこぞう、万延元年(1860年)2月10日 - 昭和7年(1932年)3月25日)は、日本の農学者。目黒の自然園開設者。 岡見彦蔵は九州中津藩士・岡見清通の三男として、1860年(万延元年)2月10日に東京築地に生まれ、幼名は秀作であった。 叔父の岡見彦三/清熙(慶應義塾の起源である一小家塾創設者)が1862年に亡くなり、実子が無かったので秀作が3歳で養子に入り、以降彦蔵を名乗るようになった。築地の立教学校(立教大学の前身校の一つ)で学ぶ。1876年(明治9年)、農学者津田仙が創立した農学社農学校で学び、翌1877年(明治10年)には横浜のバラ学校に入って英語を学んだ。この学校は宣教師ヘボンが起こしたヘボン塾をジョン・クレイグ・バラが継承したものだった。
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