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河

河北林吾

かわきた りんご
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河北 林吾(かわきた りんご、1880年1月5日 - 1958年3月29日)は、明治期から昭和期の実業家、時計商。河北時計店社長。旧姓、牛島。 九州福岡県八女郡出身。 東京に出て、立教大学商学部に入学。この頃、築地にあった立教大学の寄宿学生たちは、「天國は近づけり、汝等食ひあらためよ」と吟じつつ、夕方になると銀座をふらついては、木挽町にあった天丼屋の「天國」で天丼2杯ほどをペロリと平らげて群歩いていたが、林吾もそうした中の一人だった。また林吾は、学生当時、立教最初の英語劇を催した一人であった。 1911年(明治44年)、立教大学商学部を主席で卒業。立教大学第1回卒業生として、小島茂雄(立教大学元文学部長、立教中学校元校長、文学部卒)や、久保田正次(立教大学元教授、立教大学野球部元部長)と同級生。

出典:ウィキペディア「河北林吾」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋