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白井孝夫

しらい たかお
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白井 孝夫(しらい たかお、1920年(大正9年)2月17日 - 没年不詳)は、日本の実業家、本田技研工業株式会社元専務取締役、本田技術研究所元所長。30代の課長時代には、鈴鹿製作所の工場建設を一手に任され、現在のモータスポーツにまで至るHONDAの鈴鹿拠点の基盤を作り、会社の成長を支えた。 静岡県出身。1943年(昭和18年)立教大学経済学部卒業。大学卒業後、東洋製鋼、繊維貿易公団を経て、1950年(昭和25年)本田技研工業に入社する。 1959年1月、生産課長として前年11月末に起きたスーパーカブの初期トラブルを解決し、年末までに増産体制を取り終えたばかりの頃、社長の本田宗一郎から呼び出され、何の説明もなしに『ヨーロッパへ行って来い』と言われる。

出典:ウィキペディア「白井孝夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋