帆足 秀三郎(ほあし ひでざぶろう、1893年 - 1965年)は、日本の教育者。立教大学学監、旧制立教中学校校長、立教学院理事。立教を廃校にしようと画策した配属将校や軍部の迫害から立教を護った人物として高く評価されている。北辰一刀流の剣豪、千葉周作の曾孫、旧名は千葉秀三郎。 1893年、北辰一刀流の開祖である千葉周作の曾孫、千葉秀三郎として生まれる。 父・千葉周之介之胤(玄武館第5代宗家)は東京・築地の立教学校(立教大学の前身校の一つ)の教員として撃剣及び剣道の師範を務めた。 兄が旧制立教中学校で学んだことから、1909年に同じく旧制立教中学校に入学。 1913年、立教大学文科(現・文学部)に入学。
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