岡持 和彦(おかじ かずひこ、1951年9月9日 - )は、東京都豊島区出身の元プロ野球選手(投手、外野手)・コーチ。東映フライヤーズ、日拓ホームフライヤーズ、日本ハムファイターズに所属していた。 立教高校では3年次の1969年、夏の大会でエースとしてチームを県準決勝まで進出させる原動力となったが、川越工に敗退。左腕からの速球が武器で、打撃も優れ、高校時代の通算打率は.350。高校同期に内野手の坂口雅久がいた。 同年のドラフト6位で東映フライヤーズに入団し、当初は投手であったが2試合のみの登板で外野手に転向。控えでの起用が多く、19年に及ぶ現役生活では一度も規定打席に到達したことがなかった。しかし1977年には二番打者、右翼手の定位置を得て活躍、夏場に故障欠場したものの打率.282の好成績を記録した。
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