金本 源之助(かねもと げんのすけ、1921年3月1日 - 2013年7月7日)は、日本のロシア文学者。 広島県豊田郡西生口村字福田(現在の尾道市瀬戸田町福田)に生まれる。広島県立師範学校を経て1941年4月に東京高等師範学校文科第五部へ入学。1943年の冬、満洲開拓義勇団の教学勤労奉仕隊員としてハルピン近郊に赴任、滞在中にロシア文学の世界と出合ったことがのちの人生に大きく影響を与えた。1944年9月東京高等師範学校繰上卒業と同時に海軍予備学生として土浦海軍航空隊に入隊。1945年10月復員を経て、戦後、1946年4月に旧制の早稲田大学文学部(ロシア文学専攻)に入学し、1950年3月に卒業。早稲田大学第一文学部副手、助手に従事しながら1956年3月に大学院(旧制)を修了したのち、同年4月第一法学部本属専任講師、同年5月第二文学部専任講師などを経て(早稲田大学のほかに専修大学講師〈1951年 - 1965年〉なども)、1960年4月早稲田大学第一文学部、第二文学部助教授に就任したのち、1965年4月同教授に就任。
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