八代 祐吉(やつしろ / やしろ すけよし、1890年〈明治23年〉2月1日 - 1942年〈昭和17年〉2月1日)は、日本の海軍軍人、最終階級は海軍中将。従四位、勲三等。 1890年(明治23年)、鹿児島県姶良郡加治木町(現在の姶良市)に生まれる。海兵40期。龍田、球磨、熊野、那智の各艦長を務めた後、1940年(昭和15年)11月、海軍少将に進級し、軍令部出仕となる。翌1941年(昭和16年)1月、第六根拠地隊(クェゼリン)司令官に着任。同地で太平洋戦争を迎えることになる。1942年(昭和17年)2月1日、マーシャル・ギルバート諸島機動空襲による米機動部隊の攻撃を受け、戦死。太平洋戦争での最初の海軍の将官の戦死者となった。
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