金沢 松右衛門(金澤、かなざわ まつえもん、1850年5月3日(嘉永3年3月22日)- 1924年(大正13年)9月18日)は、明治時代の政治家。貴族院多額納税者議員。幼名・平治。 先代金沢松右衛門の二男として出羽国秋田郡土崎湊(秋田県南秋田郡土崎港町を経て現・秋田市)に生まれる。兄は夭折し、二男である松右衛門が家督を継いだ。1883年(明治16年)以降、南秋田郡学務委員、同郡肴町および連合町会議員、南秋田・河辺両郡連合町村会議員、南秋田郡会議員などを歴任する。 のち、秋田県多額納税者として補欠選挙で貴族院議員に互選され、1892年(明治25年)6月29日から1897年(明治30年)9月28日まで在任した。
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