松尾 多勢子(まつお たせこ、文化8年5月25日(1811年7月15日) - 明治27年(1894年)6月10日)は、幕末期の尊皇派女性志士。島崎藤村の「夜明け前」にも活写されている。彼女の名前は本来「(お)多勢」と表記されたが、明治時代以降、女性の名前には「・子」を付ける慣習に従って表記されるようになった。 信濃国伊那郡山本村(現在の長野県飯田市)の豪農・竹村常盈の長女として生まれた。19歳で伴野村(現・豊丘村)の旧家・松尾佐次右衛門淳斎に嫁いだ。夫婦仲は良く7人の子を育てながら、家業の傍らともに和歌や平田派国学などを夫ともに学んだりした。 文久2年(1862年)に、病身の夫から許しを得て51歳で上洛し、尊皇攘夷運動に参加、公家の白川家、大原家に出入りするようになった。
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