三枝 雲岱(さいぐさ うんたい、文化8年〈1811年〉 - 明治34年〈1901年〉3月21日)は、日本の画人。本名は小野 太(おの ゆたか)。 甲斐国巨摩郡明野村浅尾新田(現・山梨県北杜市明野地区)で小野家の子として生まれた。14歳の時に蔵原村(現・北杜市高根町蔵原)の宝源寺三枝氏を継いだ。幼児より絵をたしなみ、甲府の画家竹村三陽(竹邨三陽)に師事し、その後京都に出て、日根対山に南宗画を学び、明治13年(1880年)3月、明治天皇山梨巡幸の際に「御嶽新道」・「玉堂富貴」2帖を作り献上した。 特に花鳥、中でも牡丹を描いたものが多い。山水画にもすぐれた作品があり、梅・蘭・百合・まつり・くちなし・桂花・水仙の七香に竹と石を配した「七香三友図」。
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