池田 惟貞(いけだ これさだ、1849年9月26日(嘉永2年8月10日) - 1929年(昭和4年)10月1日)は、明治から大正期の養蚕家、政治家。衆議院議員(3期)。旧姓・溝口。 薩摩国出水郡出水郷武本村(鹿児島県出水郡上出水村、出水町を経て現出水市武本)で、薩摩藩郷士・溝口庄兵衛の四男として生れ、1866年(慶応2年)池田家の養嗣子となった。漢学を修めた。蚕糸業に従事する。 戊辰戦争後、大阪に留まっていたが帰藩を命ぜられた。1869年(明治2年)郷立撥奮館の教師となる。出水郡役所書記などを経て、1881年(明治14年)4月、鹿児島県会議員に選出され4期在任し、同副議長、地方森林会議員も務めた。
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