菊池 重作(きくち じゅうさく、1897年(明治30年)7月14日 - 1980年(昭和55年)12月9日)は、日本の社会運動家、実業家、政治家。衆議院議員。 群馬県佐波郡茂呂村(現伊勢崎市)で生まれる。織物製造業、養蚕販売業を営む。 1923年、群馬共産党事件を契機に社会運動に加わり、日本労農党に加入し小作争議の指導を行う。全国農民組合茨城県連合会書記長、同会長、日本農民組合茨城県連合会執行委員長、社会大衆党茨城県連合会書記長などを務め、1936年、水海道町会議員となるが、1938年、人民戦線事件で検挙され、懲役3年・執行猶予5年の判決を受けた。 戦後、日本社会党に入党し、1947年4月の総選挙に茨城県第三区から出馬して当選し、衆議院議員を一期務める。
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