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小山豊太郎

こやま とよたろう
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小山 豊太郎(こやま とよたろう、明治2年3月10日〈1869年4月21日〉 - 昭和22年〈1947年〉8月4日)は日本のテロリスト。別名に六之助/録之助(ろくのすけ)。日清戦争の講和会議に際して清国全権大使・李鴻章を狙撃したことで知られる(李鴻章狙撃事件)。 現在の群馬県館林市大島町に生まれる。父・孝八郎は県会議員を務めた村の名士であった。 館林で高橋渡に3年ほど理学の教えを受け、さらに栃木県中学校に学ぶ。栃木県中学校を中退。1884年(明治17年)ごろに上京して慶應義塾に学ぶが1886年(明治19年)に脚気で退塾し故郷へ帰る。放蕩のため父から勘当され、1888年(明治21年)に廃嫡された。

出典:ウィキペディア「小山豊太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋