小島 大治郎(こじま だいじろう、安政6年2月28日〈1859年4月1日〉 - 1929年〈昭和4年〉8月26日)は、明治から昭和初頭にかけて活動した日本の実業家・政治家である。長野県上田市の人物で、家業の鋳物製造業を営みつつ会社経営にも関わり上田温泉電軌(現・上田交通)初代社長を務めた。長野県会議員を務めた時期もある。 小島大治郎は、安政6年2月28日(新暦:1859年4月1日)、小島佐門太の長男として生まれた。出身は信濃国小県郡常入村(のちの長野県小県郡上田町、現・上田市)。小島家は代々勅許鋳物師として神社仏閣の御用をつとめてきた旧家であり、父・佐門太は幕末に生きた人物ということもあり上田藩・松代藩の大砲・銃器をも製作し名を知られた。
出典:ウィキペディア「小島大治郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
