有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
山

山中幸義

やまなか ゆきよし
Wiki ↗

山中 幸義(やまなか ゆきよし、1849年3月12日(嘉永2年2月18日)- 1899年(明治32年)3月19日)は、明治期の内務官僚、政治家。貴族院多額納税者議員。幼名・麟趾、麟司。 豊前国宇佐郡、のちの大分県宇佐郡高家村(四日市町を経て現宇佐市)で山中柳平の四男として生まれ、従兄弟・山中幸左衛門の養子となる。 漢籍を鷺海量容、広瀬林外に師事した。1868年(明治元年)澤宣嘉九州鎮撫総督が長崎に着任後、それに従い戊辰戦争に従軍した。その後、慶應義塾で学んだ。 1873年(明治6年)6月、司法省十三等出仕となり、同年7月、権少解部に就任。1874年(明治7年)3月、内務省に転じ新治県少属となる。

出典:ウィキペディア「山中幸義」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋