磯風 音次郎(いそかぜ おとじろう、嘉永元年7月20日(1848年8月18日) - 明治35年(1902年)6月7日)は、明治時代初期の力士、本名西村 長兵衛。180cm、139kg。 磯風音次郎は、近江滋賀郡松本村(現滋賀県大津市)に生まれ、本名は西村長兵衛と言った。浜大津で沖仲仕をしながら素人相撲を取っていた。沖仲士としてある藩の御用金を運送中に粟津原(現滋賀県大津市晴嵐付近)で追剥に奪われ訴え出たところ、逆に役人が同業の者が遊ぶ金に使ったのだろうと疑われ、立派な力士になって見返してやろうと決意したと伝えられる。 明治元年(1868年)頃に京都の初島七蔵に弟子入りし西の大関となる。明治16年(1883年)東京で幕内格番付外、翌年客席(三役格)で場所をつとめ明治20年(1887年)頃横綱を自称したとされるが、明治23年(1890年)吉田司家から巡業横綱を許された。
出典:ウィキペディア「磯風音次郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
