横井 藤四郎(よこい とうしろう、1864年3月12日(元治元年2月5日)- 1933年(昭和8年)6月11日)は、明治から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。旧姓・清水。 若狭国遠敷郡国分村(福井県遠敷郡遠敷村を経て現小浜市国分)で、清水幸助の二男として生まれる。1892年(明治25年)9月、遠敷郡三宅村(上中町を経て現三方上中郡若狭町)の仮屋、横井惣右衛門の婿養子となる。漢学、数学、英学などを学び、日清戦争、日露戦争に従軍した。 共立物産 (株) 支配人となり、同社取締役、沖台拓殖製糖取締役、中立砂糖 (株) 監査役、ユニオン硝子専務取締役、江若鉄道取締役などを務めた。 1912年(明治45年)5月の第11回衆議院議員総選挙で福井県郡部から無所属で立候補したが落選。
出典:ウィキペディア「横井藤四郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
