沼田 喜三郎(ぬまた きさぶろう、天保5年3月6日(1834年4月14日) - 大正12年(1923年)12月7日)は、北海道へ開拓民として渡り事業に成功した後、明治27年(1894年)に故郷より18戸を伴って移住し、雨竜郡沼田町の開祖となった人物。 越中国砺波郡新西嶋村(現在の富山県小矢部市新西)の甚三郎の三男として生まれた。12歳で大工の徒弟となり、14歳で庄下村矢木(現在の富山県砺波市矢木)の豪農「根尾家」に奉公人として入り、主人の供をして江戸に出て染工となった。26歳の時、帰郷し、農業に専心。明治元年(1868年)、新西嶋村に分家した。 明治15年(1882年)、喜三郎49歳の時、妻子を残し初めて北海道に渡った。
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