有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
原

原忠順

はら ただゆき
Wiki ↗

原 忠順(はら ただゆき、1834年9月23日(天保5年8月21日) - 1894年(明治27年)10月28日)は、幕末から明治時代の政治家、武士。貴族院多額納税者議員。通称は弥太右衛門。 肥前鹿島藩士。藩命で江戸の昌平黌に学ぶ。藩主鍋島直彬の側近を務め藩論を尊王に纏めた。鹿島藩大参事を経て、東京府に出仕する。1872年(明治5年)には直彬と共にアメリカに留学し『米政撮要』を著した。1874年(明治7年)内務省補となり、1879年(明治12年)直彬が初代沖縄県令に就任した際に沖縄県少書記官、同大書記官を歴任し、1881年(明治14年)9月に辞任するまでの2年半、県令と共に県政運営にあたった。 1890年(明治23年)佐賀県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日から務めたが、在任中に死去した。

出典:ウィキペディア「原忠順」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋