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大貫八郎

おおぬき はちろう
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大貫 八郎(おおぬき はちろう、1849年(嘉永2年)- 1921年(大正10年)11月22日)は、19世紀後期から20世紀初期にかけてのアメリカ合衆国で活動した日本出身の実業家。明治時代に渡米し、アリゾナ州フィニックスの電力会社等の創業に功労があったといわれる。米国では、ハチロン・オーニック(Hutchlon (Hatchero、Hutchlewとも) Ohnick)の名を用いた。 大貫は、現在の栃木県鹿沼市で代々医者を業とする家に生まれ、当初は医者を志してオランダ語を学び、開成学校で理学を修めた。後に箱館(現函館市)に移った。 大貫は箱館にいた西洋人と懇意になり、米国の事情を聞いたことで、「是非渡米して何かやらねばならない」との思いを抱き、箱館を出港するノルウェー帆船に乗り込み、水夫として渡米した。

出典:ウィキペディア「大貫八郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋