有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
高

高橋亦助

たかはし またすけ
Wiki ↗

高橋 亦助(たかはし またすけ、1853年 - 1918年)は、明治から大正にかけての高炉技師。西洋式の製鉄所として我が国で初めての事業的な成功例となった釜石鉱山田中製鉄所の創立に寄与した。 陸奥国(岩手県)釜石村東前、上の沢の旧家で肝煎を務めた父・岩間宇右衛門と母・トメ(高橋は母の旧姓)の三男として1853年(嘉永6年)に生まれる。1857年(安政4年)5歳の時に父と死別し、その翌年より当時生家の近くにあった石応禅寺の学僕となったが、2年で寺を飛び出して遠野の商家や釜石の漁師の手伝いなどをしていた。 1875年(明治8年)亦助22歳の時に工部省鉱山局釜石出張所の求人に応募し採用される。5年越しの建設工事が終わり、1880年(明治13年)より日本で最初の官営製鉄所が操業開始。

出典:ウィキペディア「高橋亦助」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋