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上廣哲彦

うえひろ てつひこ
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上廣 哲彦(うえひろ てつひこ、本名:上廣 三郎、1906年(明治39年)3月2日 - 1972年(昭和47年)10月6日)は、日本の社会運動家。実践倫理宏正会の創立者。栄典は従四位、勲三等旭日中綬章。 1906年3月、広島県山県郡豊平町(現:北広島町)に生まれる。 広島市で育ち、旧制中学卒業後、鉄工所や日本貯蓄銀行(現在のりそな銀行)などに勤務。1923年頃死線を彷徨う大病をし、その中から人生の目的と使命を悟る。 この後、人生の生き方についての哲学的な考察を深め、ひとのみち教団など様々な団体の遍歴をした。 1943年、三菱工作機械広島製作所(後の三菱重工業広島祇園工場)に入社し、社員教育を行う訓育課勤務していた時の1945年8月6日、アメリカ軍の広島市への原子爆弾投下により、爆心地から1.6キロの国鉄横川駅構内で被爆した。

出典:ウィキペディア「上廣哲彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋