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芦

芦原甫

あしはら はじめ
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芦原 甫(あしはら はじめ、嘉永3年1月30日(1850年3月13日) - 大正7年(1918年)9月25日)は大日本帝国陸軍の軍人。陸軍中佐。乃木希典大将の副官、日露戦争で人事管理部長。 西南戦争にて当時軍曹だった芦原甫は負傷した乃木希典少佐を介助したことにより、命の恩人と称される。 副官時、乃木に面会に来た静子夫人を返した「乃木大将妻返しの松」が香川県善通寺市金倉寺にある。 養子芦原信之(医師)の四男がシャンソン評論家の芦原敏信(英了)、五男が建築家の芦原義信、その長男が芦原太郎、長男芦原勝(耳鼻科医)の孫が心療内科医の芦原睦、甫の孫が旅行作家の芦原伸。 この項目は、軍事上の人物に関連した書きかけの項目です。

出典:ウィキペディア「芦原甫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋