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山口嘉蔵

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山口 嘉蔵(嘉藏、やまぐち かぞう、1865年4月9日(慶応元年3月14日)- 1943年(昭和18年)8月4日)は、明治から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員。旧姓・蔵合。 伯耆国久米郡倉吉宿堺町五軒屋(鳥取県久米郡倉吉町、東伯郡倉吉町を経て現倉吉市堺町)で、蔵合家に生まれる。家が貧しく、丁稚として働いていたが、1885年(明治18年)に出奔して大阪に向かった。何も当てがなかったが、偶然に実業家・山口玄洞と出会ってその手代として働いた。その働きが認められ番頭になり、1892年(明治25年)7月、先代・山口玄洞の養子となりその長女ますと結婚して山口に改姓した。 1895年(明治28年)洋織物商を営み成功し、日本毛織監査役、東洋製鋼所取締役社長、大日本窯業取締役、日本機械製造取締役、山陰紡織取締役、倉吉紡績取締役、長門起業炭礦取締役などを務めた。

出典:ウィキペディア「山口嘉蔵」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋