今井 新造(いまい しんぞう、1894年〈明治27年〉1月4日 - 1962年〈昭和37年〉8月23日)は、大正から昭和期の実業家、剣道家、政治家。衆議院議員、剣道七段・教士、範士。 山梨県甲府市魚町(現中央三丁目)で生まれる。1924年(大正13)に分家した。 魚問屋業を営み、山梨モータース商会専務取締役、山梨開発協会取締役、甲府魚市場 (株) 顧問などを務めた。 政界では、山梨県会議員に選出され3期在任し、同参事会員も務めた。1936年(昭和11年)2月、第19回衆議院議員総選挙に山梨県全県区から出馬して当選し、第20回総選挙でも再選。1942年(昭和17年)4月、第21回総選挙に翼賛政治体制協議会の推薦を受けて出馬し再選され、衆議院議員に連続3期在任した。
出典:ウィキペディア「今井新造」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
