横山 薫範(よこやま しげのり、1917年(大正6年)11月23日 - 1941年(昭和16年)12月8日)は、日本の海軍軍人。太平洋戦争劈頭の真珠湾攻撃において特殊潜航艇「甲標的」搭乗員として戦死した九軍神の一人。二階級特進により最終階級は海軍特務少尉。 鳥取県出身。横山家は農業を営み、三男一女の末子である。小学校高等科を卒業し、海軍を志願したが一度目は失敗し、二度目の挑戦で合格した。1934年(昭和9年)6月呉海兵団に入団。同期生に同じく九軍神とされた稲垣清がいる。 海軍水兵としての基礎訓練を受け、戦艦「扶桑」乗組となる。水雷学校及び潜水学校を卒業。横山は成績優秀で、水雷学校は優等卒業であり、懐中時計を授与された。
出典:ウィキペディア「横山薫範」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
