河野 徳之助(こうの とくのすけ、1878年〈明治11年〉10月1日 - 没年不明)は、日本の政治家(下関市会議員)、商人(米穀商)、山口県多額納税者、下関米穀取引所取引員、日本米穀市場員、実業家。埴生養殖場代表。炭鉱会社吉豊公司取締役。第一証券監査役。族籍は山口県平民。 山口県豊浦郡彦島町(現・下関市)出身。河野仁左衛門の三男、同久蔵の弟。彦島の一介の農家の生まれだが、幼い頃から才気縦横、僻村の一農民として終始すべき器でなかった。 小学校を出ると米穀商の前途があることを察知し16歳にして自ら店員に甘んじて下関市江村商店に入った。番頭、支配人と進級する。 26歳の頃独立して米穀仲買店舗を開いた。
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