青木 勝利(あおき かつとし、1942年11月28日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都杉並区出身。三鷹ジム所属。元OPBF東洋太平洋バンタム級王者。 「メガトン・パンチ」と称された強打と抜群のセンスで、ファイティング原田、海老原博幸と並び「三羽烏」と呼ばれた。当時の日本記録である7試合連続KO勝ちを達成し、19歳で東洋王者になるなどの活躍を見せた。一方で、現役時代から酒好きと練習嫌いで知られており、上記3人の中で唯一世界王座に届かなかった。現役引退後、窃盗や無銭飲食などの刑事事件を何度も繰り返して世間を騒がせた。 少年時代は、家出を繰り返すなどの虞犯少年で、16歳で少年院に入れられた。入院中にテレビ中継でボクシングに出会い、退院直後の1960年4月に三鷹ジムの住み込みの練習生となる。
出典:ウィキペディア「青木勝利」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
