伊藤 恭之助(いとう きょうのすけ、1870年3月29日(明治3年2月28日)- 1938年(昭和13年)12月15日)は、明治から昭和前期の醸造家、農業経営者、政治家。衆議院議員、第13代伊藤家当主。 出羽国仙北郡南楢岡村及位(秋田県仙北郡南楢岡村、南外村を経て現大仙市南外及位)で、肝煎、酒造業・伊藤重四郎の長男として生れた。神官・高橋村司の私塾で学び、その後、旧久保田藩士・半田忠蔵などに師事した。父の死去に伴い1888年(明治21年)4月に家督を相続した。当主となったため進学が不可能となり、書物によって独学した。 1894年(明治27年)南楢岡村会議員に選出され32年間在任。1897年(明治30年)8月、秋田県会議員に就任し連続7期在任し、同参事会員、仙北郡会議員も務めた。
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