丹後 直平(たんご なおへい、1855年11月18日(安政2年10月9日)- 1920年(大正9年)3月17日)は、日本の実業家、篤農家、政治家。衆議院議員(立憲政友会)。族籍は新潟県平民。 越後国蒲原郡本郷村(後の北蒲原郡中条町大字本郷、現新潟県胎内市)で、丹後宗民の十二男として生まれ、1882年、丹後宗淳の後を相続した。家は医業を営む。 漢学塾に入り漢籍を学ぶ。経伝諸子百家の書を渉猟する。1873年、大学南校に入学する。東京大学文学部で学び、第一科を修める。病により退学して帰郷する。 帰郷後、町村会議員、北蒲原郡会議員、新潟県会議員、学務委員、徴兵参事員などを務めた。実業界では、農業、絵具塗料製造・販売を営み、蚕糸業組合長、中条共立銀行取締役などを務めた。
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