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団野記平治

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団野 記平治(團野、だんの きへいじ、1854年10月8日(安政元年8月17日)- 1923年(大正12年)12月3日)は、明治期の農業経営者、醸造家、政治家。衆議院議員、兵庫県多紀郡城南村長。 丹波国多紀郡八上内村(兵庫県多紀郡八上内村、八上村、篠山町、篠山市を経て現丹波篠山市八上内)で、中川儀十郎の二男として生まれた。漢学、数学を修めた。1879年(明治12年)同郡小枕村(城南村、丹南町、篠山市を経て現:丹波篠山市小枕)の素封家・団野仲右衛門の養子となり、農業・酒造業を営む。 酒造組合長、城南村農会長を務め、村落の共有林の松を杉檜に植替えるなど造林の振興に貢献した。 政界では学務委員、城南村会議員、学区組合会議員、郡組合会議員、多紀郡会議員、同副議長などを務めた。

出典:ウィキペディア「団野記平治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋