安住 實治(あずみ さねじ、1893年〈明治26年〉12月25日 - 没年不明)は、日本の政治家、会社役員。 鳥取県八頭郡那岐村大字奥本(現・智頭町)出身。安住房吉の庶子。家業の農業に従事する。1914年に舞鶴砲兵大隊に入隊し1916年に上等兵に進級、帰休退営する。在郷軍人那岐村分会理事、或いは分会長に就任する。 1929年、砲兵伍長に任官し、また同年に那岐村長に就任、1932年、辞任する。那岐村農会長、自治会長をつとめる。1933年、那岐村会議員に選任される。 那岐運送取締役である。 那岐村の有力者として知られる。不言実行の人である。1922年に刊行された『八頭鳥取地価表 弐百円以上』によると、地価所有高は「666円32銭」である。
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