国米 泰石(こくまい たいせき、1879年1月1日 - 1957年12月30日)は、鳥取県八頭郡智頭宿(現・智頭町)出身の仏像修復師(仏師)。墓所は智頭町の興雲寺。 約50年に渡って仏像の修復などに携わり、16府県の95以上の神社・寺院にある約320の仏像修復を手掛けた。「今日の日本の国宝・重要文化財の仏像の命脈は泰石によって保たれた」と称されている。 1879年(明治12年)1月1日、鳥取県八頭郡智頭宿(現・智頭町)に生まれた。父は狩野派の画家である小林桃渓(国米善太郎)、母は諏訪神社の小林正広神主の長女八重野であり、泰石は次男だった。なお、鳥取市が刊行した『鳥取市七十年 市史』では国米泰石が「本市出身」とされている。
出典:ウィキペディア「国米泰石」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
