笠原 和夫(かさはら かずお、1927年5月8日 - 2002年12月12日)は、日本の脚本家。東京府日本橋出身。日本大学中退。 裸電球を一つを灯した部屋に壁に作品の時間軸を記した巻物を壁に貼り執筆した。 第二次世界大戦後まもない頃に、大日方傳の経営していたキャバレーで従業員兼用心棒をしていた[要出典]。晩年にも日本の政治などの現状を憂いており、「戦後、暗殺事件がもっとあったなら、今よりは良い社会になっていたかもしれない。」と発言。 生前、自身の脚本について「ストーリーではなく、怒りを売っている。鬱屈したものを叩きつけている」と発言し、「大衆は、作っている人間の情念、怨念、恨みつらみを受け止めている」と語っていた。
出典:ウィキペディア「笠原和夫 (脚本家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
