古賀 用六(こが ようろく、1883年(明治17年)1月28日 - 1944年(昭和19年)10月28日)は、日本の陸軍軍人。陸士17期卒。最終階級は大佐、死後少将。 佐賀県田代村(現・鳥栖市)出身。兄の古賀真一も少将。熊本陸軍地方幼年学校3期生より陸軍士官学校を17期生として卒業。歩兵第13連隊第3中隊長、台湾歩兵第2連隊配属将校を経て、鯖江連隊区司令部部員。1933年8月30日に大佐で予備役編入。1944年、大正5年~9年生まれの九州北部各地の応召兵2000名からなる「南方総軍緊急補充要員久留米師団第161部隊」(通称マルコ部隊、コは古賀の頭文字)の輸送指揮官として10月13日博多港を発し、26日ボルネオ島に到着したが間もなく同地にて病死。
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